未熟な法に対する想い

 この歳になると当たり前になってくることだけど…。

 合法が善とは限らない。

 違法が悪とも限らない。

 しかし、そうだとしても罰から逃れることはできない。

 いや、実際は逃げ切れる人間もいるのかもしれないが、オレはそれを前提には考えられない。


 最近、一つの結論を出した。

 裏切られた人間をこの国の法律は救ったりしない。

 法は法の理屈を守るために存在し、人としての良心を守るためには存在しない。

 かと言って非合法の必要性を主張するわけではないが、少なくとも法はあまりにも未熟で、本当に守らなければならないものを守るところまでの成長は絶望的に遅いのだ。

 その結果、現状の法は、人としての誠実さを失い、悪意に満ちている人間を、平気で守ってしまう。


 この国では、一体どれだけの人が同じような目に遭ってしまっているのだろう。

 オレはその無念さを私刑で報いようとは思わないが、そうしたくなる気持ちも痛いほど分かる。


 しかし、それでも、法を否定してしまっては逆効果だ。

 むしろ、法の成長を促進させるべきだ。

 法の理屈を守る法ではなく、人の誠実さや良心を守るための法が必要だ。


 そして、法に守られた悪人たちに、生涯逃れることのできない羞恥心と後悔を与えていくべきだろう。


 オレはこの現実から決して目を逸らさない。