未成年の行方

 昔から思う。

 今のオレたちですら、何十年も前の人たちからすれば、きっと精神年齢が低いに違いない。

 そんなオレたちが、今の若者の世代の精神年齢の低さを非難する資格はあるだろうか?

 むしろ想定すべきだと思う。

 今の20歳の精神年齢が20歳に達するのは、彼らが30歳になる頃だろうと…。 


 仕方のないことだ。

 どんどん世の中は便利になっていく。

 その分だけ自立心は失われる一方、複雑さは増していく。

 自分で鳥を捕え、血を抜き、内臓を抜き、皮をはがし、肉を焼いて食べていた親の世代とは、明らかに違う。


 しかし、難しいのは、その一方で未成年の犯罪をどう裁いていくべきかという問題だ。


 精神年齢の低さゆえに、悪意に満ちた重大な事件を起こす者も少なくない。

 オレが被害者なら、あるいは、被害者の家族ならば、彼らが少しでも法に守られるような場面は見たくない。

 だからと言って、彼らの親の監督責任を糾弾したところで気が済むはずもない。

 必ず、加害者は知っていたはずなのだ。

「そんなことをしたら、どんなことになるのか」

を。

 そして、

「未成年だったら、ある程度は大目に見てもらえる」

という事実を。

 それを計算した上で行動した者に、本当にそのような保護は必要なのだろうか?


「計算していたかどうかは分からないから、とりあえず保護して、被害者には泣き寝入りしてもらう。」

ということなのか。


 何度も言っていることだが、法が必要ないということにはならない。

 証言も含めた証拠を積極的に集め、重視していくべきだ。

 自分たちに都合の良いような証拠の集め方で、勝手な判断をさせていくべきではない。

 裁く側の人間は「その場にいたわけじゃないから」という理由で、周知の事実を軽んじる傾向であることもよく分かった。

 彼らは「本当の悪意がどこにあったか」「何が世の中を悪くしているのか」などどうでも良いのだ。

 全く関係のない場所から、勝手に集まってきた証拠を眺め、机上の空論で解釈し、勝手なことを言っている。

 そんなレベルのままで良しとしてはならない。