親孝行なんてしなくていい

 娘が4歳ということは父親歴4年。  日々、発見だらけなので新人気分は抜けないが、客観的に見れば、そろそろ新人ではなさそうだ。  それを踏まえて気づいたことを書き残しておきたい。  親になって気づいたのは、「親孝行なんてしなくていい」ということだ。  なぜかと言うと、オレは少なくとも、子供の笑顔が見たくて全力を費やしてきたからだ。  それが見返りであり、ゴールだった。  そこに打算があったら、オレは父親としての自分を好きになれないだろう。  だから、娘に親孝行は期待していない。 「自分がしてあげたことを、他の誰かにしてあげなさい」とも言うつもりはない。  してあげた分を笑顔で返してくれたなら、そこに借りなどないのだから。 2022年10月24日10時半

続きを読む

資本主義の改良

 資本主義の大前提は、競争であり、勝者と敗者があり、公平なルールのもと、不公平な結果を受け入れさせることにある。  そして、そのゲームにおいては強者と弱者も定着していくようになる。  勝者は与えられたリソースで次のゲームも勝てるように手を打っていくだろうし、敗者はそうしたくてもリソースがないため、またしても不利なゲームに挑まなくてはならなくなる。  弱者が個人レベルや企業レベルのうちは、それも通用するかもしれない。  しかし、国家レベルになれば、そういうわけにもいかなくなる。  負け続けた者、これから先も負け続ける者にとって、ゲームやルール自体を破壊するしか勝者になる術がないとなったら、国民のためにもそうしたくなるのかもしれない。  ましてや、コロナという世界的な災難が降りかかり、さらなる要求を突き付けられれば、忍耐も限界を迎えるだろう。  それが今の国際情勢の本質だと思っている。  例え、ロシアとウクライナの問題が片付いたとしても、中国は台湾を治めたいし、北朝鮮は軍事国家であり続ける。  オレの小さな世界観ではその程度の想像でしかないが、日本からはるか離れた国々の中にも、そういう方針を取りたい国は少なくないはずだ。  資本主義が間違っているとは思わない。  しかし、全く改良が足りていないと思う。  ゲームやルールを破壊すること以上のメリットが感じられなければ、こういった国はなくならない。  例えば、敗者復活戦のような仕組みがあってもいい。  勝ち上がるリソースをある程…

続きを読む

争いにおける様々な段階

 争いでは、攻撃手段がとても重要になってくる。 例え、高い攻撃力を持つ武器を持っていたとしても、自分から使い始めれば、相手が同様の武器を使っても仕方ないことになり、第三者から非難されることになる。 例えば、口論から始まった争いにおいて、先に手を出してしまえば後から自分が裁かれることになる。 殴り合いから始まった争いにおいて、先に武器を使い始めても同様だ。 武器の種類にも、殴るための武器、刃物、飛び道具といった感じで段階がある。 1対1から始まった戦いで、加勢があった場合も同様だ。 どこまでやるかという段階にも、多少のケガ、骨折、致死がある。 傍観していた者が片方にだけ武器を投げ込み続けるという加勢の仕方は、どういう段階なのか。 ある日、銃を持っている大柄の強盗が、銃を持っていない男の家に押しかけ、庭先で武器を使った殴り合いの喧嘩を始めた。 庭の外では、ギャラリーが「庭から出ていけ」と叫びながら、家主に武器を投げ込み始めた。 このギャラリーたちには銃があり、もしも強盗が銃を抜いたら銃で助太刀する気だ。 しかし、強盗は銃以外に大した武器を持っていなかった。 気が付くと、家主は兜や鎧をまとい、使っている武器も強力になってきた。 強盗は負け始めた。 降参すれば助かるかもしれない。 しかし、手元には銃がある。 銃を抜こうとする振りをすれば、相手はひるむかもしれない。 だからと言って形勢は不利なままだ。 強盗は家の裏のガスボンベに目をつける。 ガスボンベのホースを握り、「これを引き抜けば、みんな助からないぞ!…

続きを読む