ハラスメントというハラスメント

仕事に対する勘違いが、どんどん膨らんできているのを感じる。 何かにつけて「ハラスメント」という言葉をつけたがる「ハラスメント」だ。 過剰なハラスメントを肯定する気はないが、一つ考えてみて欲しい。 お金をもらう代わりに、自分の意に反した行動を起こさなければならなくなった時点で、ストレスは発生しているのだ。 タダでは誰もやりたくないことを、仕事としてやらなければならなくなった時点で、ハラスメントと言えなくはないのだ。 「いやいやいやいやー、でも、業務じゃないですよね?」 と、もっともらしいことを言うヤツらが多そうだ。 それならば…。 誰もがストレスを蓄えていけば、組織としても膨大なストレスが蓄積されてゆく。 割に合わない給料では、その捌け口にすらならない。 だからこそ、互いが互いのストレスの受け皿になってやろうとしなければ、その膨大なストレスはどこへ向かうというのか? そういう機能をどんどん外していって、何が組織で、何がチームワークと言えるのか? ハラスメントにこだわってるヤツに限って、大した仕事はしていない。 文句言ってばかりで、ホスピタリティから程遠い仕事ぶりになっていくからだ。 あらゆるハラスメントを肯定するつもりはない。 しかし、その一つひとつの背後にあるのは、個人主義に走りすぎ、孤独、ストレス、プレッシャーを互いが分かち合おうとしていない職場の雰囲気にある気がしてならない。 オレはそれを徹底的に否定しているのだ。

続きを読む

未成年の行方

 昔から思う。  今のオレたちですら、何十年も前の人たちからすれば、きっと精神年齢が低いに違いない。  そんなオレたちが、今の若者の世代の精神年齢の低さを非難する資格はあるだろうか?  むしろ想定すべきだと思う。  今の20歳の精神年齢が20歳に達するのは、彼らが30歳になる頃だろうと…。   仕方のないことだ。  どんどん世の中は便利になっていく。  その分だけ自立心は失われる一方、複雑さは増していく。  自分で鳥を捕え、血を抜き、内臓を抜き、皮をはがし、肉を焼いて食べていた親の世代とは、明らかに違う。  しかし、難しいのは、その一方で未成年の犯罪をどう裁いていくべきかという問題だ。  精神年齢の低さゆえに、悪意に満ちた重大な事件を起こす者も少なくない。  オレが被害者なら、あるいは、被害者の家族ならば、彼らが少しでも法に守られるような場面は見たくない。  だからと言って、彼らの親の監督責任を糾弾したところで気が済むはずもない。  必ず、加害者は知っていたはずなのだ。 「そんなことをしたら、どんなことになるのか」 を。  そして、 「未成年だったら、ある程度は大目に見てもらえる」 という事実を。  それを計算した上で行動した者に、本当にそのような保護は必要なのだろうか? 「計算していたかどうかは分からないから、とりあえず保護して、被害者には泣き寝入りしてもらう。」 ということなのか。  何度も言っていることだが、法が必要ないというこ…

続きを読む

未熟な法に対する想い

 この歳になると当たり前になってくることだけど…。  合法が善とは限らない。  違法が悪とも限らない。  しかし、そうだとしても罰から逃れることはできない。  いや、実際は逃げ切れる人間もいるのかもしれないが、オレはそれを前提には考えられない。  最近、一つの結論を出した。  裏切られた人間をこの国の法律は救ったりしない。  法は法の理屈を守るために存在し、人としての良心を守るためには存在しない。  かと言って非合法の必要性を主張するわけではないが、少なくとも法はあまりにも未熟で、本当に守らなければならないものを守るところまでの成長は絶望的に遅いのだ。  その結果、現状の法は、人としての誠実さを失い、悪意に満ちている人間を、平気で守ってしまう。  この国では、一体どれだけの人が同じような目に遭ってしまっているのだろう。  オレはその無念さを私刑で報いようとは思わないが、そうしたくなる気持ちも痛いほど分かる。  しかし、それでも、法を否定してしまっては逆効果だ。  むしろ、法の成長を促進させるべきだ。  法の理屈を守る法ではなく、人の誠実さや良心を守るための法が必要だ。  そして、法に守られた悪人たちに、生涯逃れることのできない羞恥心と後悔を与えていくべきだろう。  オレはこの現実から決して目を逸らさない。

続きを読む