会社とは養うためにある③

 マンモスの狩りの例えに戻って考えてみよう。  獲物を捌く者もまた、確かに貢献はしている。  しかし、本来、一人で小さな獲物を獲って捌いてこそ、一人分の対価なのだ。  これに対し、自分の好きなこと・得意なことに集中させてもらい、嫌いなこと・苦手なことを回避させてもらえているのは、誰のおかげなんだろうか?  別の言い方をしよう。  リスクのないポジションに置かせてもらい、その分のリスクまで誰かに背負ってもらっているのは、誰のおかげなんだろうか?  命を賭けてマンモスと戦っている者と、とても安全なところでただ調理だけをしている者の労働の価値は、本当に等しいのだろうか?  ハッキリ言おう。  オレは日本の法律が、とても不平等だと感じている。  従業員に対して過保護だと思っている。  だからと言って、ブラック企業を生み出す気もさらさらない。  どちらかと言うと過保護なままで良いと思っている。  しかし、不平等な法律の傘に隠れて、感謝の気持ちを失っている輩には「恥を知れ」と言いたかった。  アウトソーシング先と比較したときにコスパが劣るくせに、給料が低いとか言ってる連中など論外だ。  ところが、こういう連中に限って実力の無さを棚に上げ、暇な時間を野心に費やす。  そして、その矛先として向けやすいのが、一見高額に見える「接待」だ。  その仕組みについて次のページで論じたい。

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会社とは養うためにある②

 なぜ、オーナーは、人手を借りてまで事業の規模を拡大するのか。  最初に思い浮かぶのは、より多くの富を得るためというのが浮かぶ。  確かに昔はそうだったかもしれない。  富を増やすためには人手が必要だった。  今はどうだろうか。  一人で多くの富を得る手段は、意外に多くある時代だ。  儲けるために人手を増やす必要は減ってきており、そうでなくてもアウトソーシング(≒外注)によって自社の従業員を必要としなくなる場面も増えてきている。  つまり、「損得を抜きで、あえて人を雇っている」というオーナーたちは、確実に存在しているのだ。  事実、これまで関わってきたオーナーたちのほとんどが、どこか人間的な優しさを漂わせていた。  彼らは、そもそも人が好きだから雇い入れており、経営者としての能力があるかどうかは別として、彼らにできる限りの快適さを与えたいと考えている。  しかし、そこに感謝の気持ちを持たない従業員は、極めて多い。  過保護な労働基準法が正義と言わんばかりに、極めて冷淡な態度をとる傾向にある。 「労働力の対価として給料をもらっているのだから、引け目を感じる必要などない!」 と、言わんばかりだ。  本当にそうだろうか?  次のページで、マンモスの狩りに戻って考えてみよう。

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会社とは養うためにある①

 起業家や経営者としての歴が15年を超えると、ゴルフやキャバクラなどが代表する接待の本質も見えてくるようになる。  一部の例外はあるにしても、そもそも会社は「養うため」にあるのだ。  やはり、オーナーが持つ能力は、従業員たちと雲泥の差だ。  例え、社長であっても、オーナーでないのであれば従業員側のレベルでしかない。  所詮、オーナーにとって頼れるのは、他の「オーナー」なのだ。  それゆえ、自分が持つ会社は、店長や社長を含めて全て「養うべき者」ということになる。  もちろん、会社経営には様々な演出が存在し、偽物のオーナーが居座っている場合もあるので、一概には言えない。  ここで言うオーナーがどんなものなのか。それは、この内容を読み進めながら感じとって頂きたい。  分かりやすくマンモスの狩りについて例えよう。巨大な獲物なら何でもいい。  大きな獲物を仕留めて持ち帰れば、それを食べられるようにするまで、あるいは、保存できるようにするまで、多くの人手が必要となる。  それぞれに得手不得手があるのだから、狩りを手伝う側、食材を取り扱う側に分業することになるだろう。  そうなったとき、前者は「養う側」、後者は「養われる側」ということになってくる。  しかし、真のオーナーは、小さな獲物を仕留め、捌き、食べたり、保管したりするところまで、全て一人で可能だ。  そもそも、人手がなくても生きていけるのだ。  それでは、なぜ、規模を拡大するのだろうか?  次のページで論じていき…

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